児童虐待のニュースが流れるたびに、社会全体に暗雲がたれこめる。社会福祉士や精神保健福祉士など福祉専門職の養成をリードしている国際医療福祉大学大学院の白澤政和教授(70)に、これからの地域や子どもを支える人々の役割について聞いた。(編集長・平田篤州)
──児童虐待のニュースが相次いでいます。
白澤教授(以下、白澤) 統計上は、10年間で約3.3倍になっている。数字の分析は多様だが、虐待の実態として、痛ましい事件が増えていることは事実だ。専門職の養成学校や職能団体に関わる人間として、随分、責任を感じている。
社会福祉士と精神保健福祉士
──専門職の養成について
白澤 新たな国家資格をつくる、という動きもあるが、それより、現在の社会福祉士や精神保健福祉士を『児童虐待の専門職』として養成していくほうが、リアリティーがある。質の担保もできるし、すぐにできる。児童虐待に対応するには、ソーシャルワークが現場にしっかり機能する、社会福祉士や精神保健福祉士が重要な役割を担える体制や環境を創っていく、それが大切だ、という立場だ。
──児童虐待に対応する児童相談所(児相)に配属されている児童福祉司は、必ずしも福祉の専門職ではないですね。
白澤 児童福祉司は、任用資格だ。福祉とは全く違う仕事をしてきた公務員が、異動によって児相に配属されることもある。『児童福祉司』にしめる国家資格の『社会福祉士』と『精神保健福祉士」の割合は、全体で4割ぐらいにとどまっている。
児童相談所の見直しを
──体制の問題もありますね。
白澤 児相の在り方は、根本的に考え直すべきだ。 1990年の福祉関係8法改正の時、高齢や障害の分野は都道府県行政から市町村行政に移された。児童分野だけは、都道府県行政に置いたまま。だから児相は、都道府県と政令市、一部の中核市の担当だが、それでいいのかと思う。
──なぜですか、どんな点ですか。
白澤 問題が2つある。1つ目は、虐待などへの対応は、もっと身近な人たちが、その人を支えていく仕組みにしなければならないこと。民生委員であるとか、近所の人であるとか、常に行き来できる仕掛けをどう作るのか。その時に、都道府県行政でうまくいくのか。2つ目は、市町村行政の教育委員会と都道府県行政の児相との連携。連携がうまくいかなくて、問題を起こしているケースが多く見られる。
──市町村で対応するのは荷が重い、という意見もありますが。
白澤 顔と顔が見える関係で連携するには、やはり児相も市町村で対応していくほうがいい。なぜ、児童分野だけ都道府県行政に残されたかというと、市町村では専門職を集められない、という考えがあったからだ。でも、今、市町村も力をつけてきている。地域包括支援センターにも、3職種、社会福祉士、主任ケアマネ、保健師の専門職を置いている。
地域の役割と行政の責任
──地域の役割は。
白澤 児童虐待がどうして起こっているのか、なぜ解決できないのか。全体をとらえて議論しなくてはいけない。そこで、『地域』が出てくる。地域には、いろんな人がいる。そういう人に支えられて、虐待の予防や早期発見をしていく……。行政の力だけでの解決は難しい。専門家も身近なところで関われる、そういう仕組みを創ることが重要だ。痛ましい事故が増えている背景には、相談員(児童福祉司)と家庭だけの関係でやっていることなどがある。地域の人と一緒にやっていたら暗転を防げた、という事例もある。
──現場の課題は多い。
白澤 相談員(児童福祉司)は、1人で年間100ケース以上持っている。職員数が少なすぎて、厳しい。児童領域に専門性を持たせる環境づくりは、行政の大きな責任だ。専門職を採用する、と都道府県が考えてくれることが第一である。今でも、児相からは『実習は受け入れが難しい』といわれる。忙しすぎて、受け入れる余裕がない。これでは、児相で働きたいという学生は育たない。『養成課程はできたけど、学生がいない』『養成課程で学んでも就職先がない』といった問題の解決が不可欠だ。
自分で社会資源をつくる
──ケアマネジメントの研究者として虐待問題をどうみますか
白澤 ケアマネジメントの研究から言うと、本人が支えてくれる周りを、どう作り上げていくのか、どう環境を整えるのか、ということになる。それができない限り、うまくいかない。点ではなく面として、時間的に継続して支えていく仕組みをつくる。アメリカの児童虐待の対応で、興味深いものがある。
──どのような取り組みですか。
白澤 一時保護された子どもを虐待した親に戻していく課程で、『条件があります。あなたが最も信頼し助けてくれる人をここに連れてきてください』と言う。お母さんは、一生懸命人を探す。孤立しているケースが多く、頼れる人を見つけるのは大変厳しい場合もあるが、なんとか探してもらう。連れてきたら、『この人には、何をお願いしますか』『(虐待をした)あなたは何をしますか』と、問う。そこで、安心・安全な家庭となるケアプランをつくることだ。安全に家で生活できるという仕掛けづくり、自分で社会資源をつくらせていくという主体的アプローチだ。そういう地域との関係をつくってもらう技術を、専門職も身につけないといけない。
──主体的に本人に頑張ってもらう支援ですね。
白澤 今までのケアマネジメントは、福祉の専門職などが民生委員にお願いして対応していた。そうじゃなくて、『あなたが信頼でき、助けてくれる人をさがしてください』。これが非常に大事だ。自分を支えてくれる人はだれで、いらだった時にはその人に連絡できる。そういう発想が必要だ。
地域共生社会
──日本では支援者に頼りすぎている。
白澤 何かあったら自治会役員、何かあったら民生委員。こういう形のみで児童の問題もやっていけるのだろうか、と思う。民生委員や自治会を越えるものを地域がつくっていく、これが地域共生社会だ。だれもが役割を持てる社会を創ろう、サービスの受け手と担い手を一体的にする社会にしよう。これが、地域共生社会の理念だ。
──ある社会福祉協議会の職員の言葉が、心に響いているそうですね。
白澤 就職に失敗して閉じこもっている女性がいた。職員が、その女性の生活歴を見て、美術大学を出ていることを知り、『漫画をかいてくれませんか』とお願いした。すると、ひきこもっていた女性が、すっと来てくれた。ひきこもっている人にも、それぞれ行きたい場所、したい役割がある……、そういう発想を持って、もう一回地域を見ることが大切だ。
──発想の転換が必要だと。
白澤 今までは、たとえば、虐待が発見できないという地域課題がある……。地域の課題から見る、という発想だった。それも大事だが、こういうことが出来る人を発見していく。それを地域課題の解決にもつなげていく。そういう発想を持とうというのが地域共生社会である。全国に100万人いるといわれる、ひきこもりの人々が、地域で活躍してくれる。こういうことを、やっていくことが重要だ。
──SSW(スクールソーシャルワーカー)の役割は
白澤 SSWは当然、虐待にもかかわるし、職員会議でのファシリテートもする。多職種連携で仕事をやれる場づくりもする。そういう場を獲得して、個人の支援をやる。そして、地域づくりにも、きちっとかかわって展開していくことも求められている。個人の支援と、子ども食堂などの地域づくり。そのために、個人、家族、団体、地域の環境や活動をアセスメントして、それらをうまく活用して支えていく、そういう役割を持っている。
働く人は宝
──どう考えても専門職が足りません。
白澤 現実に学生は少子化で少なくなっている。社会福祉を学びたいという学生がそんなにいるわけでもない。介護が端的な例だ。ソーシャルワーカーになろうとしている人も少ない。少ない理由は、処遇にもある。景気が悪くなると、社会福祉に流れてくると、よくいわれる。
──打開策はありますか。
白澤 現実には、われわれにも責任があって、面白い仕事だなあ、と伝えられていない。醍醐味を感じられる仕事なんだ、と訴えていくしかない。一方で、社会にも問題があって、SSWが端的な例だが、4年制大学を卒業して非正規雇用で務めるといったら、間違いなく親は反対する。ソーシャルワーカーの仕事の場は広がってきているが、非正規雇用といった傾向が強い。働く人は、宝だ。働く人を大事にする社会をつくることが肝心だ。人を大事にする政策をやらないといけない。