施設内に神社や屋台? 特別養護老人ホーム「久宝寺愛の郷」の夢を叶えるプロジェクト

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特別養護老人ホーム「久宝寺愛の郷」(大阪・八尾市)は2014年、全室個室のユニット型ケア施設として開設。社会福祉法人「大阪愛心会」が運営し、ショートステイとデイサービスを併設する。施設を訪ねると、入居者さん一人一人の夢を実現する取り組みが進められていた。 (文/写真 今西富幸)

お話をうかがった人
フロアリーダー 西尾 文尋さん、フロアリーダー 山西 郁矢さん

「やってみなはれ」の精神

新型コロナウイルス感染が拡大する3月下旬。
迎えてくれたのは特養フロアリーダーの介護福祉士、西尾文尋さんと山西郁矢さん。
「こんな時だからこそ、入居者さんの思いに寄り添いたいのです」と口をそろえた。

職場でタッグを組む山西郁矢さん、西尾文尋さん、高畑洋子さん(左から)

今年2月から面会制限に踏み切った。毎日面会に訪れる家族も多く、入居中の肉親に会えない不安が続く。そんな心の距離を縮めようと西尾さんらスタッフは秘策に取り組んでいる。電話を取り次いで家族と会話をしてもらったり、利用者さんの様子を記した手紙を本人の顔写真を添えて家族に送っている。

西尾さんと山西さんはともに入職6年目。開設時から施設を支えてきた。他の特養で介護の現場体験を積み、こちらに移ってきたのも共通している。転職の理由を尋ねると「入居者さんのニーズをつかみ、前向きに応えようと日々努力する姿勢に惹かれたから」。
上司も現場の声を率先して受け入れてくれる。施設全体に「やってみはなれの精神」がみなぎっている。

ドリカムプロジェクトが始動

その一つが昨春から始まった「ドリカムプロジェクト」。利用者さん一人一人から外出先の希望を聴き取り、その夢をかなえようという取り組みだ。

きっかけは3年前、「初詣気分を味わってもらいたい」と近くの八尾神社からお札をもらい、施設内に鳥居をつくったこと。
「愛の郷神社」と名づけ、入居者さんに絵馬を書いて奉納してもらうと「お墓参りがしたい」「実家を見に行きたい」をはじめ、さまざまな希望が寄せられた。 従来、施設外への活動は団体で行い、行き先も海遊館(大阪市港区)など数カ所に限定していたが、絵馬を見たスタッフから「入居者さんの夢を実現したい」という声が上がり、プロジェクトが始動することになった。

プロジェクトの第一弾は昨年4月、西尾さんが担当した大阪・生野区のコリアタウンツアーだ。韓国ドラマが大好きな入居者の女性2人の希望で実現した。ともに車椅子のため、ツアー前には西尾さん自ら現地に足を運び、食事をしたり土産を買える場所を下見。当日は昇降リフトのある車を手配し、案内役も務めた。
参加した2人はビビンバの昼食に舌鼓を打ち、お気に入りの俳優のポスターを購入。とても満足した様子だったという。

「参加された方の目が生き生きと輝いていたのが忘れられません。少しでも元気なうちに一人一人のニーズに寄り添っていきたい」と西尾さん。
この1年で28人の入居者さんがプロジェクトに参加。故郷の墓参りや大衆演劇ツアーなど、斬新な企画が次々と実現している。山西さんは「回転寿司が食べたい」という入居者さんに同行。そこで見た笑顔が忘れられないといい、「日々の生活のなかで少しでも笑顔を増やしていただきたい」と話す。

思いが通じる職場づくり

プロジェクトは職員の仕事に取り組む姿勢にも影響を与え、職員から積極的な意見が出るようになったという。
現場を統括する介護係長の高畑洋子さんは「職員のモチベーションが高まることでより良いケアにもつながると感じています。自分たちの思いが通じる職場づくりに力を注いでいきたい」と強調する。

施設内で定期的に開催する居酒屋の屋台。入居者さんに好評だ。

特養の平均要介護度は4.5。八尾市内の特養の中でも高く、スタッフには看取りも重要な仕事になる。このため毎月1回、終末期委員会を開催し、全職員を対象にアンケートを実施している。看取りの準備状況を共有し、看取りを終えた方の振り返りを行うのが主な目的だ。

それでも毎回「これで良かったのか」と心の葛藤を覚える職員も少なくない。そこで委員会とは別に身近な肉親を失った遺族の悲しみから立ち直るためのグリーフケア勉強会も定期的に開いている。

最後に「久宝寺愛の郷」の未来像を尋ねた。西尾さんは「地域の方々の思いに応えていきたい」、山西さんは「地域で困っている方をゼロにするのが夢。ここに入居すればみんなが安心できる施設にしていきます」と力を込めた。

インタビュー
特別養護老人ホーム「久宝寺愛の郷」
理事、施設長 木口良章さん

「現場スタッフの思いを前向きに受け止めたい。仕事のモチベーションアップにもつながるはず」
特別養護老人ホーム「久宝寺愛の郷」の理事を務める木口良章さんはそう語る。施設のポリシーでもある。2年前、施設長に就任以来、「ポジティブリスク」の実践を率先して日々の仕事に取り入れてきた。

何か行動する時、リスクばかりを優先させると物事はスムーズに進まない。むしろリスクを前向きにとらえ、全責任は施設が負うことで計画を実行に移すという考え方だ。入居者さん一人一人の外出希望に合わせ、周到な準備をしたうえで職員が付き添いながら出かけていく「ドリカムプロジェクト」もこの一環で始まった。

「もちろん、安全面から出来ないこともありますが、可能な限り全力でお手伝いさせていただきたい」と木口さん。例えば、パン食もその一つだ。開設当初、パンを喉につめかけた入居者さんがいたため、長く提供してこなかったが、「パンを食べたい」と希望する方が多く、食べやすい大きさや硬さに十分配慮して復活させることにした。 木口さん自身、施設が連携する八尾徳州会総合病院の検査技師として長年勤務。福祉を外から見る目が柔軟な発想を生み出している。

「お酒を嗜みたい」という入居者さんもいる。そこで昨春から施設内に屋台を設置し、年に数回〝居酒屋〟を開いている。刺身や焼き鳥など、特養ではなかなか提供できないメニューも用意。すべて職員が手作りで提供し、好評を得ている。

施設の敷地はもともと八尾徳州会総合病院があった場所だ。長年地域に親しまれてきたが、2009年の移転に伴い、特養の開設を望む声が多く寄せられたことから「久宝寺愛の郷」として14年にオープンした。それだけに地域の信頼も厚い。
木口さんは「いろんな形で恩返しをさせていただきたい」と話し、地域貢献活動にも力を注ぐ。
毎年6月には駐車場に検診車3台を入れ、八尾市の地域ガン検診の受診率向上に協力。施設のスタッフも相談員として参加している。地域行事にも積極的に参加。施設最大のイベント「ふれ愛祭」では毎回、約80人の地域ボランティアの協力を得ている。