心は密に。コロナ禍でリスタートした子ども食堂のはなし

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おなかとこころ

エプロンを身に纏い、夕ご飯の準備を再開しようとした瞬間、携帯電話が鳴りました。液晶画面に現れた着信の相手は、数時間後に夕ご飯を共にするひとりの小学生でした。(文/一般社団法人「こもれび」代表理事 水流添綾、写真/陶器浩平)

「きょうって、ゆうこくある?」と、電話に出るやいなや尋ねる声。
「あるよ!なんで? なんかあった?」

私の心配をよそに、電話の向こうからは「やった~!」と、歓びと安堵が伝わる声。「きょう、本当にあるかなって、心配やってん」と弾む声に、この日を心から待ち侘びていたんだなあと実感!
さあ、腕によりをかけて美味しいご飯を用意しよう! と、私の中にも歓びが沸きあがってきました。

ご飯の準備をする「こもれび」代表理事の水流添綾さん。

4年半前にスタートし、隔週木曜日に開催してきた法人の活動のひとつ【夕刻の場いるどらぺ】。おなかとこころを満たすひと時を子どもたちに届けたいという思いではじめた、所謂こども食堂です。
ここは、子どもたちが苦手とするコミュニケーションを、安心できる大人との対話を通じて身につける場でもあります。子どもと同数以上の大人が、密に関係性を築いてきました。

苦渋の判断

2月27日の夕方、携帯電話から入ってきた速報は、全国のすべての小中学校や高校に臨時休校を要請するというニュース。新型コロナウィルス感染拡大防止の策として、国から出された緊急要請。子どもたちの日常はどうなっていくのか…、と不安が頭をよぎりました。
その後も『三密を避ける』を掲げた国からの要請が続き、私たちは苦渋の判断を余儀なくされました。
子どもたちの生活に当たり前に組み込まれた日常を止めることは避けたい。しかし、子どもたちの命が一番大切、との想いから、【夕刻の場いるどらぺ】を休止することを決断しました。

再開の表明

身動きがとれなくなった緊急事態宣言の発令。長く続く学校休業。家の中に閉じ込められ、子どもも保護者も発散場所を失う中、食事を共にしない居場所の事業を細々と続けながら、みんなの日常が戻る日を静かに待ち望んでいました。
そして迎えた6月。3か月の自粛期間を経て学校が再開し、分散登校が始まることを確認するとすぐに【夕刻の場いるどらぺ】の再開をスタッフに表明。この時、スタッフからは「やった~」と、子どもと同じ歓喜の声があがりました。

ルール表

いざ、再開を目の前にし、悦びも束の間、これまで通りというわけにはいかないという現実に戸惑いが生じました。手洗いに消毒、マスク装着の徹底。配膳等のお手伝いはしない。密集しないで遊ぶ…。たくさんのルールを子どもたちは守ることができるのだろうか、と心配を胸に抱きながら、わかりやすく『ルール表』を作成し、当日の準備をすすめていきます。
学生ボランティアやゲストを招くなど、これまで多い時には30人で食卓を囲んできましたが、この部屋で密を避けるには、何人までが適当だろうか。密にならない机の配置はどうする、など、考えることは思いのほか沢山ありました。

食育を取り入れて、メニューを説明した。

いただきます!

迎えた当日、6月4日木曜日。子どもたちが次々と到着。みんなの溢れる笑顔で、一気に部屋の中が明るい活気に包まれていきます。
先に到着した中高生が、小学生に手洗いや消毒を誘導。子どもたちはスムーズに動きます。送迎車の中でも、スタッフから事前に説明を受けていたようです。
食事が始まるまではマスクを外さず、食事中は一人一人が渡されたビニール袋にマスクを保管。いつものように思う存分はしゃぐことはできないけれど、いつも以上に穏やかで互いを労わるような優しい時間が流れていました。

「手を合わせて。いただきます!」

メニューは、麻婆豆腐、春雨ツナサラダ、野菜スープです。2kgの豚バラ肉を愛情込めてみじん切りにしたこだわりメニューは、スーパーで購入するミンチ肉よりも一粒一粒が大きく、好評です。
「めっちゃ、美味しい~」とみんなで食べる嬉しさも相まって、部屋中が笑顔に包まれる瞬間です。17人分の調理を終えた後の疲れもこの瞬間に吹き飛んでいきます。
デザートはスタッフの故郷から届いた美味しい鳥取の大栄スイカ。一口サイズで頬張れるようにとカット。さらに、子どもたちの喜ぶ顔がみたいと、スタッフが皮をデコレーションしてお皿に仕上げて盛り付けます。
「めっちゃ甘い~」
子どもたちの瞳がキラキラと輝く夕刻の日常が戻ってきました。

心は密に

コロナ禍、何が日常にとって大切なことかを考える機会が増えました。子どもたちが安心安全な場で、伸びやかに仲間と過ごす時間。短い時間ではありながら、人との関係性を育み、エネルギーを蓄える大切な時間。この日常を守るために、子どもも大人もソーシャルディスタンスを身につけながら、心は密につながり続けることができるよう、新しい日常を産みだしていきたいとの思いが湧き上がっています。

「こもれび」について
水流添綾さんが代表理事となり、2013年12月に大阪市西区南堀江に設立した一般社団法人。「0歳から100歳以上、みんなのしあわせを応援します」が合言葉で、各種の相談事業のほか、公益事業も実施。独自事業として夕刻の場「いるどらぺ(Ile de la paix=フランス語で平和な場所)」を運営している。子どもたちが夕方以降を安心して過ごせる居場所として、こどもが大人や学生と交流する場を創って会話や食事を楽しみ、学習支援も行っている。家族の方にも、ほっとできる時間を過ごしていただくことを目指している。小学生から高校生までが対象。食事代無料。