現場は一時大混乱も、感染者0。関西で43施設を展開する大規模法人「晋栄福祉会」はコロナの緊急事態にどう立ち向かったのか。

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緊急事態宣言解除までのおよそ4か月間、新型コロナウイルス感染防止対策は自治体によって方針や発表の時期が異なり、情報が輻輳して一部で混乱が生じた。関西広域で43施設を展開する大規模法人、社会福祉法人晋栄福祉会は各所連携をとりながら、現時点では感染者が見られず、危機を乗り越えられた。現場の職員はどう対応したのか。感染第2波への備えをどうするのか。
濵田和則理事長と保育部門を統括する江川永里子総合園長にお話しいただいた。
(文:和田依子 写真:岩佐俊英)

独自のクラスター相関図を作成、健康状態を把握

私どもは早い時期から否応なく厳戒態勢に入りました。
2月中旬、大阪市内のライブハウスで感染者のクラスターが発生しました。場所は認定こども園「東野田ちどり保育園」(大阪市)の目と鼻の先。201人の園児とその保護者が感染する可能性があることも視野に入れ、対応を強化しました。
3月に入り、ある老人保健施設で感染者のクラスターが発生しました。そこは定員規模の大きい施設で、特別養護老人ホーム「宝塚ちどり」(宝塚市)とは川を挟んで向かい側。しかも施設の利用者の中に、「宝塚ちどり」のサービスを併用している方がおられるという情報が入りました。そこで、独自に濃厚接触の可能性がある職員や関係者のクラスター相関図を作り、それを基にご本人とご家族、接触者の健康状態を長期間観察しました。

濵田和則理事長

放課後児童クラフの現場は大混乱に

現場では自治体の方針を踏まえた対応を徹底しました。施設の管理者はサービスを受ける利用者宅に「明日はどうされますか」と毎日電話を入れ、ご本人だけではなくご家族の健康状況も確認しました。心配な方がおられれば利用を控えるようお願いするなど、利用者とつながり続けました。
自治体や厚生労働省から入った情報は随時各現場へ流しましたが、施設の管理者は普段からグループウェアで互いに情報共有する体制ができていました。
2月末、学校の臨時休校措置が始まっても、放課後児童クラブは休業や自粛対象には入っておらず、児童数は急増し、現場は大混乱に陥りました。私どもが兵庫県宝塚市で運営する三つの放課後児童クラブも、一気にスタッフ不足となりましたが、ちょうど特別保育(右頁*参照)期間だった川面ちどり保育園(同市、系列保育園)から、すぐに増援の保育士を融通できました。
介護部門では、小さいお子さんが家にいて出勤できない職員が数名おりましたが、こちらも近隣のグループ内施設の職員でフォローできました。大規模で運営する福祉法人の強みが、この未曾有の事態にうまく発揮できたと考えています」

保育部門総合園長の江川 永里子さん

採用システムを変革し、第2波への備えも

大学などの入校禁止措置で、学生の就職活動が遅れています。大規模な就職フェアが中止になり学生と直接出会う機会が限られる中、採用システム自体の変革を考えなければなりません。一過性のこととは捉えず、今後の日本社会の変化を見据えた取り組みが必要です。
昨年から地方採用を進めていますが、ホームページからの応募が増えています。現在、動画による施設紹介やスマホを利用したバーチャルなウェブ見学、ウェブでの面談などを備えた新たなホームページを作成中です。あわせて、海外からの特定技能の外国人介護職員の受け入れに役立つよう、外国語版ホームぺージも強化していこうと考えています。
現在、第2波への備えとして、感染者や濃厚接触者が出た場合を想定した事業継続計画書を作成中です。保育園なら休園から再開への道筋、介護施設なら感染区域の分離などを想定し、迅速に対応できるように準備しています

自治体の異なる対応に戸惑い

私たちが運営する保育園は大阪、兵庫、奈良に14か園(小規模保育・児童クラブを除く)ありますが、自治体によって感染防止への対応が全く違っていて、戸惑いました。政府の緊急事態宣言後、神戸市はいち早く「特別保育」の形をとることを発表しました。これは医療従事者、食品流通従事者、保育士など社会のライフラインに関わる職業のお子さんの保育を必須とし、それ以外は例外として認めるという保育です。
大阪府では門真市が「臨時休園」の措置を取り、医療従事者などの子どもは例外として預かるという方針を出しました。また、大阪市は「登園を控える」という依頼を出していたため、市内7か所の園では、各園で自発的に保護者に連絡し、可能な限り登園を控えていただけるよう呼びかけ続けました。

職員数を調整して「3密」回避

保育部門の状況を把握するため、4月7日から毎週、各園の園長にアンケートを取りました。園児の登園率と職員の出勤率を報告してもらい、それらが同率になるよう調整をお願いしました。
コロナ終息に向けて私たちができることは、「3密」(密閉・密集・密接)の状態を避けることです。「コロナ対応特別有給休暇制度」を創設(5日以内)し、職員が必要以上に出勤しなくてもよい環境づくりに努めました。国内で最も感染者数が多くなった4月中旬には職員の出勤は半分以下でした。

動画と手作り玩具でサポート

家庭保育をしている7割の園児のことも気になりました。私が園長を務める東野田ちどり保育園では「インスタ保育園」と名づけた動画を緊急事態宣言発令日から毎日、子ども達に向けてインスタグラムで配信しました。内容は保育士の先生らによる歌や劇や読み聞かせ、体操や手遊びなどが中心です。保護者から「いいね」やコメントをいただくと、「つながっている」という安心感が得られました。
あるとき、保護者から「子どもの生活が昼夜逆転して困っています」というコメントをいただきました。そこで、動画の発信時間をきっちり毎朝10時に設定し、子どもたちが朝にきちんと起きて生活リズムを取り戻す時計代わりにも利用してもらえるようにしました。 園児の家庭に手作りのパズルや知育玩具、折り紙なども送りました。先生らは空き時間を利用し、ミシンを使って4・5歳児に配る布マスクを手作りしました。登園児は少なくても大忙しの日々でした」

子どもたちに送った手作り玩具

「人間味」や「温かさ」に期待

6月、保育園が再開した時、4月に3日間しか通えなかった1歳児のお子さんが、担任の顔を見るやすぐに「先生!」と呼んでくれました。「インスタ保育園」のおかげで顔を覚えていてくれたのです。改めてSNSの大きな可能性を感じた瞬間でした。
一方で直接人と向き合わないコミュニケーションには限界を感じます。私たちはあくまで、人と人とのリアルなつながりを大切に考えています。コロナ下、コロナ後の社会では、採用活動においてもSNSやウェブサイトを利用した採用システムが中心になりますが、学生の皆さんに期待することが、実際に接して分かる「人間味」や「温かさ」であるという点は変わりありません。