100万年以上前に生まれた琵琶湖。その古代湖を抱く近江の国に来秋、オンライン時代の新しい学び舎が生まれる。「ひたすらなるつながり」を理念にした滋賀県社会福祉協議会(滋賀の縁創造実践センター)が開学する「縁アカデミー」。学長には、上野谷加代子さんが就任する。「今」をとらえて、福祉人が横串で繋がる。受講者も講師陣も事務局も、いっしょに学び合いながら、学びをカタチにしていく。赤い羽根の共同募金が始まった2020年10月1日夕、上野谷さんに聞いた。 (編集長 平田)
赤は勇気のしるし
大阪市ボランティア・市民活動センター(大阪市天王寺区)。胸に赤い羽根、「共同募金」のたすきをかけて、指先は真っ赤なネイル…。上野谷さんは、夜のとばりが下りるころの街頭募金に備えていた。
「なぜ赤い羽根なのか、赤は『勇気』のしるしです」
透明なアクリル板を通した取材。いつもながらの明快さが心地よい。真っ赤なネイルには、さらに秘話があった。
「きれいでしょ」と上野谷さん。リボンの騎士[1]の風情だ。
「縁アカデミーの設立に力を尽くされている福祉施設の施設長さんの娘さんに、ネイルカラーを施していただきました」
瀬田の唐橋で知られる、大津市・瀬田まで出かけてのおしゃれ。昨日(9月30日)、大津で審議会があったので、ネイリストの娘さんのところまで足を延ばしたのだという。
「施設長さんを応援する気持ちもあって…」
気配り、そして縁アカデミーへの想いが垣間見えた。
プレ企画、来春に発起人会
「縁アカデミー」について、上野谷さんにインタビューした。
──進捗状況は
「設立趣意書の下書きが、出来ました。来年3月に発起人会を立ち上げて東京オリンピック・パラリンピック後の来年秋に開学する予定です」
──来春の発起人会立ち上げまでは
「プレ企画として今年11月と12月に、同志社大学の野村裕美先生による『ゆっくりじっくりケースメソッド−“考える”を振り返る事例学習会』を開きます。来年1月と3月には、私が『地域福祉特講』を開講します。いずれも、オンラインでの講義になります」
──講師の選定は
「構想では、50人ぐらい。みんな参加型でやる。講師というよりも、フェロー、仲間です。フェローもニーズを持って参加し、受講者といっしょに学び合う。その学びをカタチにしていく。講義の『提供』ではなく『創造』です。京都府と滋賀県には、複数の保健・福祉系大学、医学・看護系大学、教育系大学があります。各大学と協力しつつ、趣旨に賛同し、フェローとして研修・教育を担ってくださる教員や福祉現場の専門職のみなさんを求めていきます。50人のうち、できれば3分の1は、現場から人選したいと思っています」
──今年8月11日に行われたプレ企画「これからの共生社会を創造する滋賀の福祉人[2]セミナー」の中で、野村先生による「滋賀の福祉人のパール[3]探し!実践から宝を掘り当てよう」が行われました。現場からのフェローを発掘する、という狙いもあったのですか。
「そうですね。現場でパールを探して、しっかりした人にフェローとして来ていただく。繰り返しますが、フェローも共に学びます。創っていくことがしんどい人は、参加できないでしょう。とにかく、大学の教員が一方的に話すような講義はやめよう、アカデミーでは全員の参加性が求められます。学び合う、という仕立てです」
──フェローは教員や現場の専門職だけですか
「カリキュラムの土台に、本当の意味の教養をもってこなければいけない。そのために、いろんなジャンルからのフェローを期待しています。たとえば、福祉の専門職に抜けている、と思っていることに『命と死』、生死の問題があります。宗教界のみなさんの出番かと…。そして、福祉はアートですから、文化とか芸術とか、感性にかかわるものが必要です。人に伝える、書く、人権や尊厳にかかわることも…。芸術家、小説家、弁護士、メディア…各界から趣旨に賛同していただけるフェローを募っていきます」
──幅広い視野が持てる講義に、ということですね
「教養講座です。これがアカデミーの基盤になっていく。狭い福祉ではなくて、人がしあわせになる、暮らすということを根本から考えて教養として身につける。これが専門職には足りていないのです」
──大学の講義や種々のセミナーとは色合いが違いますね
「大学とか大学院の授業カリキュラムは、長い年月を経てできた強固な教育体系です。それはそれで素晴らしい。政府の意向でころころかわっていくようなものではない。ですから、大学の授業や各種の法定研修はとても大切なものであり、尊重します。そんな中で縁アカデミーは、横串研修をめざします」
──「横串」とは
「例えば障害者について最低限、知っておかなければならないことがある。実はこれが一番難しい。主体性の尊重とか権利とかは勉強しますが、個別の障害は違いますからね。今日的トピックスとしての発達障害をどれほどの専門職が理解しているか。あるいは、児童でも、社会的養護の子どもの地域での活動はどうなっているのか。認知症の高齢者の方の発言を、どうとらえるのか…。自分は児童分野だから、障害や高齢の分野は知らなくていい、とはなりません」
──「時」へのまなざしも大切にする
「そうです。現状では、福祉の専門職は、『今』の話が充分にはできません。たとえば、津久井やまゆり園(神奈川県相模原市)の事件。大学では、人権問題を勉強している。でも、保育や高齢の分野から『おかしいやないか』という声は強くは出ない。こんな時に、縁アカデミーでは『保育士のみなさん、介護福祉士のみなさん、やまゆり園の事件について、特別プログラムを組んで学んでください』という。『やまゆり園の事件は障害分野。関係ない』と思うかもしれませんが、『心を痛めた』という人も出てくるはず。ホットなものを注視しながら、プログラムに入れていく。事件から1年たたないと研修できないというような研修は、もうやめよう。その場で、すぐに取り上げる。柔軟性です。たとえ1人でも2人でも聴いてくれる人がいたら、取り上げる。ラジオみたいな感じで、そのつど取り上げていく」
──上野谷先生がいう「実践研究」にも通じる
「大学の授業で、『時』を批判的にとらえられるような、基本的な力を付けるといいながら、実際には、『今』の動きにコミットメント出来ない。強固な教育体系はすばらしいのですが、それを応用できるものが専門職の養成課程にない。実践研究、現場、時がキーワード。福祉の専門職は『善意の塊』やけど、『今』についていかれへん。私の感想ですけどね」
みんないっしょに
──専門性とは何なのか、という命題にも繋がっている
「他を排除する、排除しても成り立つのが専門性…そうなのだけれども、しかし…ほんとに生きた専門性とは、人間として必要なものをきちんと身につけていて、『今』を見据えて援助できる、それが本物の専門性です」
──学生や授業形式は
「どなたでも参加できます。まず、滋賀の縁創造実践センター[4]の会員法人で働く福祉職の人々に呼びかけます。原則としてオンラインで行います。放送大学のようなイメージです。シラバス(授業計画、到達目標)もつくりたいし、公開講座も考えていますが、具体的にはこれから。ズームミーティングなどを行って、成果の検証もしていきたいですね」
──改めて、縁アカデミーの特色は
「先駆性、開発性、当事者性、参加性…。特に『参加性』です。オール参加でやりましょう。当事者参加、講師も参加、事務局も参加して創っていく。キーワードは『みんないっしょに』です」
[1]リボンの騎士 手塚治虫による少女漫画、アニメ。お姫様が男装の麗人になって戦う。手塚が幼いころ親しんだ、宝塚歌劇団の影響を受けた作品。上野谷さんは、幼少期からピアノやバレーを習い、親から「宝塚歌劇団に」と勧められたことも。宝塚の「清く正しく美しく」というモットーになじんだ。大学闘争のさなかでもヘルメットの代わりに長い黒髪にリボン、スカート姿。今年2月29日の同志社大学退職記念の最終講義の時に、「私、リボンの騎士だったんです」。
[2]滋賀の福祉人 支援者としての価値と倫理を土台に据え、日々の福祉実践の根拠として具体化しようとする人、具体化した人を意味する。滋賀の福祉現場で働く人たちに「アイデンティティ」と「ビジョン」をもってそれぞれの仕事に向き合ってほしい、そんな思いを込めて滋賀が生み出した表現だ。
[3]パール ここでの「パール」は、クリニカル・パールという言葉に繋がっている。クリニカル・パールは、熟練医師が発した、その道の意を得た短い言葉を刺す。研修医らは、その言葉にハッとさせられて受け入れ、心の糧にする。心の支えになる良いところ、素晴らしい物語を真珠にたとえている。上野谷さんは、2回目のプレ企画のセミナーで、「滋賀のパールはたくさんある。私はきょう、琵琶湖の淡水パールを胸につけていますが、めちゃくちゃ高い。首にかけているのは、プラスチックパールで安もの。でも、パールは、モノではない、人にこそパールがある」と話した。
[4]滋賀の緑創造実践センター 滋賀県社協は2014年、民間の福祉関係者が枠を超えてつながり、社会の縁を紡ぎ直すことで生き生きと暮らせる支援の仕組みを構築しようと、滋賀の縁創造実践センターを設立。地域の子ども食堂への援助をはじめ、福祉分野の多職種連携のチームづくりを学ぶ「えにし塾」を開催するなど、多彩な活動を進めてきた。事務局は県社協に置いた。こうした活動を踏まえ、県社協は昨年、「ひたすらなるつながり」という地域福祉の理念を打ち出した。