【コロナ禍の福祉現場】不安解消こそトップの使命。社会福祉法人「八尾隣保館」荒井惠一理事長に聞く。

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コロナ禍が福祉現場に多大な影響を及ぼすなか、今年創立85年を迎えた社会福祉法人「八尾隣保館」(大阪・八尾市)はさまざまな方法で感染対策に力を注いだ。法人として何を目指したのか。荒井惠一理事長に聞いた。

かつてない難題に直面

福祉人としてのご経験のなかで新型コロナウイルスの問題をどう受け止めましたか

「ウイルスの正体がわからないし、ワクチン開発の見通しも不透明。とにかく先がよく見えない。従来の災害とは違って、私自身も経験したことがない難題だと受け止めました。もちろん法人としていざというときのためにBCP(事業継続計画)は策定していましたが、あくまでも地震や台風などの災害に備えたもの。今回は2009年に世界的に流行した新型インフルエンザの際に策定したBCPを下敷きに新たにコロナ版をつくりました。

現場の課題として見えてきたものは何ですか。

「痛切に感じたのは利用者さんや職員一人一人が感じている不安をどうやって取り除いてあげればいいかということ。不安とひと口に言ってもいろんな場面がありますが、一つはマスクや消毒液といった衛生用品の確保ですね。特に母子生活支援施設のお母さん方は街の売り場でマスクが手に入らないのでほんとうに不安がっていました。 だからあらゆる手段を使ってマスクを集めました。職員には家の近くで売っていたら買ってもらい、インターネットでも必死に探しました。多少高額でも命はお金には代えられません。幸い八尾市内にマスクを輸入している会社があり、そこから4万枚を購入することができたのです。当法人も所属する八尾市特別養護老人ホーム施設長会にも声をかけ、購入しました」

衛生用品以外ではどんな問題が?

「不安の広がりからどこかぎくしゃくとした人間関係が見えてきたことですね。例えば一時面会制限に踏み切った特養では「なぜ会えないのか」というご家族とのトラブルも起きやすくなる。法人内でも新人職員の歓迎会や職員親睦会もできない状況が続きました。仕事量は着実に増えているのに職員が抱えるストレスを解消できる場がつくれないことが要因です。 実際、私が見る限り法人内でも職員全体の仕事へのモチベーションが下がってきたことを感じました。
そこで法人代表として三密(密閉、密集、密接)回避のソーシャルディスタンス(社会的距離)の必要性が叫ばれていましたが、あえて報告、連絡、相談のいわゆる「報連相」(ほうれんそう)を密にすることを呼びかけたのです。バラバラになりそうな職員みんなの気持ちを一つにしたいとの私の思いを綴り、最後に「明けない夜はありません。皆で乗り越えるよう頑張りましょう」という言葉を添えた職員へのメッセージを給与明細の袋に入れて届けました」

組織内ではどんな取り組みを

「コロナ版BCPを状況に応じて改定し、毎月の管理者会議で確認し合う。職員が出勤する際は検温し、体調が悪くなったら事前に電話を入れて休むといったことを徹底しました。また老人、保育、母子それぞれの現場でこまかなチェックリストをつくりました。利用者さんやご家族にも配布し参考にしてもらうことで、感染予防の啓発に努めました」

求められるICT環境の整備

新たに必要だと感じたことは?

「一つはICT化の必要性ですね。2016年オープンの「Life つむぎ」はWiFiのネット環境が整っていますが、施設が古い成法苑は急遽ネット環境を整備し、LINEを使ってご家族との面会を楽しんでいただきました。やはりICTは今後必須のツールになっていくでしょう。我々の福祉業界は元来ひとが資本であり、生産性の低い仕事のひとつと言われてきました。その意味で今回のコロナ禍は福祉現場の働き方にも重要な課題を提示したと思います。これまでは常勤の業務を非常勤で補うような形が主でしたが、派遣職員も活用し、仕事の時間をこまかく割り振り、もっと効率よく働いてもらう方法を考えていくべきです」

まさにワークシェアリングですね。

「そうです。そのために海外からの留学生にも期待したい。少子高齢化で働き手が減るなか、私自身は安易に外国人雇用を進めるのはどうかと考えています。だから単に技術を習得する目的の特定技能実習生ではなく留学生を受け入れ、福祉現場でじっくりと育てていきたい。日本人にはなれないけれど、日本の心がわかり、より長く働けるワーカーになってもらいたいという思いがあるからです。 実際、その一環として4年前からベトナム人留学生の受け入れを始めました。現在、当法人でも3人がアルバイトをしながら日本語学校と福祉系の専門学校に通っています。卒業後は介護福祉士の資格を取得すると就労ビザで常勤として働くことができます」

コロナ禍で変わる雇用形態

コロナ禍が雇用形態にも影響を与えた?

「もちろん外国人だけでなく、障害のある方や高齢者、主婦といったひとたちも大きな戦力になるはずです。みんなで持っている得意な分野や業務分担を活用して仕事を成り立たせていけばいい。そうすれば生産性が高く、充実した内容の仕事ができるでしょう。つまりダイバーシティ(多様性)の視点で働き方を変えていくことが求められていると思います」

他に見えてきた課題はありますか。

「こども園はコロナ禍で仮に休園しても毎月、施設型給付費が支払われています。ただ現場は徹底した感染対策を行う必要があり、その分保育士の仕事量が激増したのは明らかです。可視化できないこうした努力に対する補助的な支援がもっとあってもいいと感じました。そして一時保育や休日保育も出来高のため補助金も減収になりますが、職員配置は必要であり、子どもさんを見てほしいという地域ニーズは当然あるわけですね。その要望に私たちはしっかりと応えていくためにも支援が必要と思います。
一方、デイサービスも課題が浮き彫りになりました。外部から施設に来られるので感染のリスクが高い。このため事業を停止する所も多くあるなか、私たちは原則運営を続けました。サービスが利用できないとADL(日常生活動作)の機能は確実に落ち、人との会話が減ると認知症を悪化させることにもつながるからです。やはり感染対策に徹し、柔軟に対応していくべきだと考えています」