難病を抱え働く弁護士、青木志帆さんに聞く「制度の狭間」にいる人の支援

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兵庫県明石市は2012年から弁護士の職員採用を始め、現在12人が活躍している。在籍数は全国の自治体でもトップクラスだ。その一人、青木志帆弁護士は入庁6年目。福祉・保健系部署で相談支援を担っている。社会福祉士の資格を持ち、難病の当事者でもある。制度の谷間にいる人たちを「タニマー」と名づけ、支援を続けてきた。難病支援の現状と課題は何か。今年1月、檸檬新報応援団の池田直樹弁護士と語り合ってもらった。

青木志帆弁護士

池田 一般にはあまり知られていない難病の現状についてうかがいます。その前に明石市ではどんな業務に従事していますか。

青木 入庁は2015年1月。任期5年の職員として入り、今春から期限がはずれ正職になります。福祉局の障害者・高齢者支援担当課長を振り出しに福祉部署の法律相談を担当したのち、市社会福祉協議会に出向し地域包括支援センターや後見支援センターの相談対応も行いました。昨年7月から「あかし保健所」勤務となり、現在はひきこもり相談支援課長(4月から法務相談支援担当課長)として主にひきこもり相談を担っています。

池田 ひきこもり相談の当事者はどんな方ですか。

青木 いわゆる「8050(ハチマルゴーマル)問題」の親御さんからの相談が多いです。

池田 80代の親が家に引きこもる50代の子どもの生活を支えているケースですね。そもそも難病を持ちながらも、なぜ弁護士になろうと思ったの?

医療制度への疑問から弁護士に

青木 実は大学を選ぶ時も法学部か社会福祉学部にするか迷い、法学部進学後も弁護士になろうとは最初は全然考えていませんでした。当時、私の病気は指定難病ではなく成人すると医療費助成が受けられず、通常の医療保険の3割負担でした。3カ月に一度の通院で18万円も請求され、これが続くのは本当にきついと思ったのが司法試験の受験を決めた一番の理由です。09年に当時の医療費助成対象疾患となり、負担は軽減しましたが、20歳になると、なぜこれだけお金がかかるのか。医療制度を問い直したい思いが強かったですね。

池田 あなたの疾患は?さしつかえない範囲で教えてください。

青木 下垂体機能低下症といい、体全体のバランスを整えるホルモンが分泌されない病気です。6歳の時に良性の脳腫瘍がみつかり、切除手術で脳下垂体が傷つき、ホルモンが全然出なくなりました。だるさやめまい、頭痛があり、薬が切れると頻尿の症状が出てきます。ホルモンは自分ではつくれないので薬で補う必要があるのです。

池田 精神疾患は治らないケースも多く、病気を抱えながら社会生活を送らなければならない。だから社会的支援が必要になるわけですが、難病も同様に根治治療がなく、それを抱えながら生活していかなければならない。病気は治らないけれど、服薬しながら社会生活が送れる状態ですね。生活面で大変なことはありますか。

青木 やはり薬がいつ切れるかわからないことですね。点鼻薬なので花粉症の季節は効きが悪い。学生時代は授業中に薬が切れ、よくトイレに行きました。担任に病気のことは話していても、教科担任には全く伝わっていないので授業のたびに怒られるんですよ。

池田 教員の無関心ということかな。教育もサービスと考えれば、生徒への配慮は一人一人違うという意識がもっと教師の側に求められてしかるべきですね。ところで難病の定義を教えてください。

池田直樹弁護士

指定難病とは

青木 難病とするには4要件があり、医療費の助成対象になる指定難病はこれに加え「患者数が全人口の0.1%に達しない」などの2要件を満たす必要があります。

メモ 難病の定義
①発病の機構が明らかでない、②治療方法が確立していない、③稀少な疾患である、④長期の療養を必要とする―の4要件を満たす疾患。医療費の助成対象となる指定難病はさらに、⑤患者数が本邦において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しない、⑥客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立している、の2要件が必要になる。重症度の程度も「中等度以上」の条件が必要。

池田 指定対象の疾患はどれくらいあるのですか。

青木 国の難病対策は1972年に始まり、医療費の助成対象になる指定難病は2015年の難病法の施行に伴い、それまでの56疾患から331疾患に広がりました。

池田 指定難病制度の趣旨は何ですか。患者数が多いと国が費用を持てないから、助成対象を一定の稀少難病に限定しているということですか。

青木 患者数が多い難病は国が手をかけなくても民間の競争原理で研究が進みます。一方、症例が少なく研究の光があたらない難病は国が医療費を負担する代わりに患者から研究に必要な症例データをサンプルとして集めるわけです。私も助成更新の申請の際、自分の医療データを記した臨床個人調査票を出しています。

池田 治療研究の実験台じゃないが、基本的には患者のデータをよこせという位置づけの制度なんですね。「タニマー」という呼び名はあなたが名づけ親ですが、どんな思いでこの言葉を考案したのですか。

「タニマー」とはどんな人か

青木 福祉サービスの制度的保障から漏れ「制度の谷間に落ち込んでいる人」を指しています。ただ文章が長く漢字も多いので、もっと呼びやすいようにとネーミングを考えました。

池田 当然、あなた自身も含まれるわけですね。

青木 そうです。もともと障害者自立支援法から漏れた人を意図していました。この法律は身体、知的、精神という3つの障害がメインターゲット。だから私は支援法が提供する福祉サービス対象の障害者でもなく、その土台に乗ることさえできなかったのです。

池田 現在はどんな状況なのですか。

青木 13年に障害者総合支援法が新たに施行され、従来の障害者の定義に難病が加えられました。ただ、国が指定する病気という条件があり、制度の谷間は依然、残されたままだと考えています。

池田 これまで仕事をしていて病気を重荷に感じたことは?

青木 市役所に入るまで5年間、弁護士事務所で働きましたが、正直そのころが一番しんどかったですね。仕事柄、破産管財人など自分の代理ができない業務ばかりだったからです。4年目には倒れて10日間、入院しました。このまま弁護士を続けるのは無理だろう。そう思ったことが転職を考え始めるきっかけになりました。

制度の谷間に「ひきこもり」

池田 なぜ公務員を志望したのですか。

青木 弁護士時代は主に障害のある方の福祉サービスに関する民事事件を担当し、市役所が相手方になるケースも多かったのです。ただ、審査請求や訴訟は基本的には事後救済で多くの方を救えるわけではありません。私自身が公の中に入れば、当事者に裁判の負担をかけずにより多くの人権を救済できると思ったからです。

池田 これまで印象に残った市の仕事は?

青木 明石市が障害者差別解消条例をつくる際、障害者職員を募集することになり、欠格条項の排除に携われたことですね。地方公務員法は知的障害や認知症などで判断力が不十分な場合、成年後見人に財産管理を依頼する被後見人は公務員試験の受験ができませんが、特例として採用できるように条例化したのです。

池田 市職員として「タニマー」の方の救済に携わったことは?

青木 残念ながら現在の部署は福祉局なので難病対策までアプローチできていません。ただ、ひきこもりの方の中にも難病患者はおられます。ひきこもりは難病以上に支援の根拠になる法律がなく、制度の谷間にある「タニマー」と考えていいでしょう。これからもできる限りのことは尽力していきたいと思っています。