タイトルに魅かれ、手に取りました。
原題はAging with Grace。「grace」とは宗教上では「恩寵、神の恵み」を意味しますが、そのほかに「たしなみ、優雅さ」という意味もあります。その両方の意味をかけて、神さまに見守られながら、すこやかに、美しく年齢を重ねていく老いの理想を表わしています。
この本は、1986年にデヴィッド・スノウドンという米国人が始めた、大がかりなアルツハイマー病の疫学的研究の一般向け中間報告です。
年をとっても認知症になる人もいれば、ならない人もいる。どうしてそうなるのかを探ろうとした研究で、修道女を対象にしたので、「ナン・スタディ(nun study=尼さんの研究)」と呼ばれています。
修道女たちは、10代の終わりから20代の初めに誓願(誓い)を立てて修道院に入り、その後は長年にわたり、共同体の一員として、生涯独身を守り、同じ食事を取り、決められた日課をこなし、規則正しい生活をしている。たばこも吸わないし、お酒も飲まない、生活全体が事細かく管理され、その上詳細な記録が残されている。だから、疫学研究者には理想的な調査対象になるそうです。
研究に協力したのは、アメリカのカトリックのノートルダム教育修道女会(総本部・ローマ)に属する修道女(シスター)たちでした。
この修道会は、貧しい家庭の少女を教育することを目的に設立されたので、修道女たちのほとんどが、生涯の大半を教師として過ごしています。
そんな75歳から106歳までの678人が、被験者となりました。年に1回、身体能力と知能・精神能力の詳しい検査を受けます。
さらに画期的なことは、献脳です。死後、脳を解剖して調べる研究に協力することがナン・スタディへの参加条件なのです。その結果を毎年の検査の結果と照らし合わせて、認知症の度合いと脳の状態とを比較検証します。
ナン・スタディで得られた科学的な研究成果のなかには食生活や運動、知的活動など、私たちが普段の生活で参考にできることがいくつかあります。
たとえばシスター・ニコレット・ウェルターの精力的な姿。一緒に誓願を立てた同期16人の中で、ただひとり長寿をまっとうし、90歳で「最後の修道女」になりました。教育学で学士号と修士号を取得し、九つの小学校とジュニアハイスクールで教えた経験を持ちます。
修道女のライフスタイルに差はないのに、なぜ同期のシスターたちより健康でいられたのか。その問いかけに、「運動しているの」「1日に何キロも歩くの」「70歳の時から始めたの」と答えています。
坂の多いレッドウイング(米国・ミネソタ州)で家から出られない病気の高齢者を訪ね、聖体拝領(メモ)を行う教区視察員として、ひたすら歩きまわる生活は、動ける身体を維持し、骨が弱くなる骨粗しょう症の進行を遅らせ、脳にも恩恵を与えてきたはずです。
「すこやかに年をとるために、まず何をすればいいですか?」
講演会で質問されると、スノウドン博士は「歩くこと」と答えます。「はじめるのに遅すぎることはない。シスター・ニコレットがその実例だ」。
私自身、今年は古希(70歳)を迎えますが、昨年の秋から仲間4人と六甲山など近隣の山歩きを始めて、その楽しさを満喫しつつ、「歩くこと」の大切さを感じています。
すこやかな老いに、一歩近づくために『100歳の美しい脳』から学ぶことはたくさんありそうです。(平田三知代)
『100歳の美しい脳 アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち』
デヴィッド・スノウドン著
藤井留美訳、DHC刊、166円+税